シラケ$「代の若者は仁侠世界のヒーローにシンクロする


高倉  健 VS 萩原 健一


週刊プレイボーイ 1975年4月22日号


一つの時代には 必ず その時代の象徴となる人物が現われるものだ。60年代の若者の 心情の支えとなったのは 古きよき時代の 日本のオトコ像を演じた 仁侠映画のチャンピオン高倉 健だった
そして 70年代の今 その精神は 当代若者の仁侠世界の旗手 萩原 健一にうけつがれている。この二人に 男≠ 大いに語ってもらおう―!!

だが この企画が実現するまでには たいへんな苦労だった。まず 売れっ子の二人には 対談にあてる時間がない。でも 二人は対談を 強く希望した。やっと時間的な障害が 取りのぞかれたときアクシデントが 起こった。ショーケンが 急病で倒れたのだ。
「それなら 花束をもってオレが 見舞いに行こう」
健さんの熱い気持ちを 聞いたとき ショーケンは
「そんな 失礼なことは 男として できない。ぼくは はってでも 行きます!」 
熱い男の友情が この対談を 実現させてくれたのだ。


二人の出会いに血糊があった


3月21日 午後11時―。赤坂の某サパークラブ。青ざめた 顔色のショーケンを いたわるように 高倉 健は 椅子に腰をおろす。



高倉 大丈夫かい?


萩原 ええ ご心配かけてすいません。


高倉 無理しない方がいいよ


萩原 (うれしそうに頷く)


高倉 ずっとね あなたのテレビを 見ていたよ。(注・ショーケン主演の『傷だらけの天使』のこと)


萩原 え いやあ(と テレる)


高倉 『大脱獄』のロケで 北海道へ行ったときもね 放送日は ちゃんと チャンネルを回してね。


萩原 光栄です。


高倉 ショーケンと 初めて会ったの いつ頃だっけ?


萩原 7、8年前だったと思います。大泉にある 東映撮影所に行ったんです。小さい頃から 高倉さんのファンだったんです。そのときね 横尾 忠則さんが 一緒だったんです。


高倉 横尾さんが!? そりゃ初耳だなあ。というと『網走番外地』の頃かな。


萩原 ええ そうです。東映撮影所の 門のところまで行ったら 小松 方正さんが 血だらけで 呻いていて・・・(笑) オッカなかったア とっても・・・。


高倉 (微笑しながら)血だらけっていったって 撮影でだろう?


萩原 そうなんです。みるとあっちにも こっちにも 血糊をつけた 俳優さんが いっぱいいてね。横尾さんは 気持ち悪くなっちゃって「健さんに よろしくいってくれ」って ぼくにいって 門のなかに入らないで 帰っちゃったんです。そのとき ぼく 高倉さんに ヤキソバを ご馳走になったの 今でも はっきり憶えていますよ。


高倉 ヤキソバを ぼくが? 憶えてないねえ(笑) ぼくが 憶えてるのは 『日本侠客伝』で 京都へ ロケに行ったときだ。ショーケンが 旅館に来てくれたことがあったね。


萩原 ええ あのとき 高倉さんが コーヒーが好きだって 聞いたもんだから コーヒー豆を 買いに行ったんです。買いに行って びっくりしちゃいましたよ。コーヒー豆って いろいろな種類が あるんですねえ。どれ 買っていいかわからないから ブルーマウンテンを 買ってったんです(笑)


高倉 そりゃ いちばん高いやつだぞ(笑)


萩原 高倉さんは ブルーマウンテンと ほかの豆を ミックスして 飲んでるって 後で聞いて それじゃ あの豆だけじゃ だめだったんだって ガッカリしちゃいました(笑)


高倉 いやいや おいしくいただきましたよ(笑)


高倉 健の映画は 初期の作品から 欠かさずに 観ているというショーケン。健さんに どっぷり心酔している。
一方 健さんも ショーケンが 俳優として『太陽にほえろ』(NTV)に 出演以来 惹かれるものを感じ 彼の テレビ 映画は欠かさず 観ている。
互いに なにかを感じあっている二人が ともに 義理と人情をテーマにした 仁侠映画に 主演しているところに なにか宿命みたいなものを 感じないわけにはいられない。


男の値打ちは 耐える姿にある



高倉 『傷だらけの天使』で ショーケンは 子持ちの役だったね。


萩原 ええ そのこどものことなんですけど(と 言いにくそうに)・・・・・・。


高倉 知ってるよ。高倉 健の健と 菅原 文太の太をとって健太≠チていう名前なんだろう(と ニヤニヤ)


萩原 高倉さんに 無断で使っちゃって どうも(と 頭をかく)。あのテレビ映画が放送になる前 テレビで ボクシングの ガッツ石松さんと 対談したんです。そのとき 石松さんが 男の子が生まれたら 強い子に育つように 高倉 健の健と 菅原 文太の太をとって 健太ってつけるって はなしたんですよ。すごく いいなって思ったもんだから 『傷だらけの天使』のなかで 使ったんです。


高倉 (笑いながら コーヒーを 静かに飲む)


萩原 つまり ぼくがいいなと思ったのは そういう天真らんまんな 考え方なんです。 こどもの名前っていうと やれ 字画がどうだとか 理屈っぽいこと いう人が この世の中には多いでしょう。


高倉 確かにそうだね。今の世の中 言葉というものが 氾濫しすぎているんじゃないかな。今 もっとも必要なのは とにかく理屈じゃないっていう 考えだと思うよ。 やりたいことが いっぱいある。でも なかなか それができない。だから 言葉を必要以上 たくさん話す。これが、或る意味じゃ いけないんだな。仁侠映画の主人公が 言葉も少なく 耐えて耐えて 最後に 爆発する。そこを 観る人が 拍手してくれるというのは 現代が あまりにも言葉が多すぎるためじゃないのかな。


萩原 そうです。ほんとうにそうだと思います。ぼくが 仁侠映画を好きなのは やりたいことがあっても なにかの障害があってできない。それで 耐えに耐えて そして爆発するっていう 構成に 惹かれるからなんです。


高倉 それが 現代には なかなかない。いや 一つもないっていってもいいかな。だから 仁侠映画は ノスタルジアだと思うんだよ。


萩原 (感慨深く)ノスタルジア―そうですね。一度ね学生運動をしている若者のグループと 高倉さんの 仁侠映画 観に行ったんです。義理と人情には まったく無関係の アナーキーな若者たちが 画面を くいいるように 映画を観ているんですよ。どこに 彼等をそれだけ熱中させるものが あるのかなあって 考えたことがあります。


高倉 そういう話 よく聞くけど つまり 忘れられた男の姿―やっぱり ノスタルジアが あるからなんじゃないかなあ。


萩原 ぼくも そう思いますよ。シラケ世代とか なんとか よくマスコミなんかで いわれているでしょう。でもそういわれている若者のなかにも 仁侠映画のヒーローとシンクロする部分が あると思うんです。


高倉 それはね 俳優にも違った意味で いえることだよ。俳優っていう 特種な職業と 仁侠世界という 特種な世界は やっぱりシンクロする部分がある。ぼくは 自分で 今まで演ってきて それを すごく感じたね。また おもしろいとも思ったね。


萩原 わかった! だから 高倉さんの 仁侠映画を観ると なんだか 自分が 高倉さんみたいに 強くなったように 感じるんですねえ(笑)


コーヒーbだけを飲み 二人の健サンは 男談義に 熱中する。外は豪雨。だが この部屋には 男っぽい熱気が ムンムン立ちこめている。
男らしさの値打ちは 言葉ではなく どんな障害に立ち向かっても じっと耐える姿だと 強調する二人。
二人は その姿を 理屈でなく 映画のなかで 男の姿勢≠ニして訴えている。



男同士の仕事をしよう



高倉 これはね 男でも 女でも 言えることだが 人間の値打ちっていうのは なにかを 一生懸命 やっている姿だと思うんだ。理屈を ゴネゴネいってるやつより 黙って 自分の道を 一生懸命 歩いている人間の方が 素晴らしいと思うよ(と 熱っぽくいう)


萩原 ぼくも 理屈っぽいのは 好きじゃないですよ


高倉 女の人なんかでもね ロケに行って 雪のなかで 一生懸命 自分の仕事をやってる 現場の人をみると 好感がもてるね。


萩原 男でも 女でも 仕事に 打ち込んでる姿は 美しいんですねえ。


高倉 うん。だから がむしゃらにやったときは いい仕事ができるね。耐える精神の もう一方の裏側にあるのが 爆発したときの 攻撃の精神だと思うよ。


萩原 男なんですね それが。仁侠映画には だから 定義なんかないのかも 知れませんね。


高倉 ぼくなんかも 定義なんて 考えたことないね。ノスタルジア―これだけで いいんじゃないか。仁侠映画の主人公は みんな 耐えるけど 耐えることは 男としての強さを 作る一つのみなもとなんだよ。


萩原 そこに 男としての魅力があるんですね。ぼくも 今の自分は まだまだ シュークリームみたいだと思うんです。まだ 25歳でしょう。これから 30、40になっていくうち 大福みたいな 強さを もっていかなければ いけないと思うんですよ。


高倉 まじめなんだなあ ショーケンは・・・・・・(笑)


萩原 いやあ(笑)、一度ね 仁侠映画 観に行って 映画館のトイレで おどかされたことあるんですよ。


高倉 ほう・・・・・・。


萩原 そのとき ヤクザに扮した 梅宮辰夫さんが 「かたぎさんには 迷惑かけねえ」っていう セリフが あったんです。さっそく それをマネて「かたぎに 迷惑かける気かよ」っていったら なにごともなく終わっちゃった(笑)


耐える精神を もつことが オトコを 強くするという健サン。
それは 仁侠の世界だけではなく そのまま オトコの世界に あてはまる言葉ではないだろうか。



高倉 ぼくはね これからは耐えに耐え その間に 自分の力を 貯えた人が いっきに出てくる時代が くるように思えてならないんだ。


萩原 ぼくも その生き方には 大賛成ですよ。 流れにうまくのって 要領よく 生きていくのは 大きらいですね。


高倉 ぼくもね この数年 いろいろと 満足できないことが多かったんだ。 それで、方々を旅して歩いたんだけども・・・・・・。


萩原 どんなところですか?


高倉 ハワイで狩猟したり ニューヨーク ロサンゼルスいろいろなところへ行った。それでね とっても平凡なことなんだが ’75年は 今年しか ないんだ≠チていう 結論に 達したんだ。それなら 悔いないように一生懸命 やる以外 ないじゃないかってね。


萩原 いいですね その考え方。ぼくも 仕事で 最大限に 力を出さないと 映画を観にきてくれる お客さんに失礼だと思うんです。


高倉 その通りだよ。ショーケンのことは いつも 監督や プロデューサーと話すとき 話題になるんだ。


萩原 え ホントですか!


高倉 早く 一緒に映画を 撮りたいね。


萩原 あこがれの 高倉さんと、一緒に仕事させてもらうのは ぼくの夢ですよ。


高倉 それと『傷だらけの天使』の 水谷 豊クン 彼も 評判いいねえ。


萩原 ぼくなんか まだ 役者としては テレがあるんです。演技やってても まだ 恥ずかしくて・・・・・・(笑)


高倉 その恥じらい≠ェ フレッシュに感じさせるんだ。 一日も早く 二人で 理屈じゃなくて 実際に 仕事をやって 頑張ろうよ。 それも 男っぽい映画でね


萩原 ぜひ お願いします!



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